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第87回コラム
ロボカップを通じた集団行動のモデル化

情報アーキテクチャ専攻 渡邊 紀文 助教

 「3人寄れば文殊の知恵」と言われるように、人一人ではできないことが、集団になれば解決出来ることは多々あります。現在の多くのロボットは高精度のカメラ及びセンサを利用したパターン認識や、複雑な運動が出来る制御機能などを実装し、一部では人間の機能を凌駕する段階に来ていますが、個々のロボットの能力では限界となる状況も存在します。このような状況において、人とロボット、またロボット同士が協調して、一台のロボットでは出せない能力を実現することが必要となるでしょう。このような集団行動を実現することができるロボットを実現するために、現在我々は人の集団行動をモデル化し、コンピュータシミュレーションで検証する研究を行っています。
 集団行動と一口でいってもさまざまな状況が考えられますが、我々はチームスポーツであるサッカーを対象として研究を進めています。従来の集団行動の研究としては、たとえば緊急時の避難行動の研究などが行われていますが、避難という文脈が単純であり、個々の人の動きを規則化することが容易であるという利点がある一方、状況が非日常であり、データを収集するのが困難であるという問題がありました。一方サッカーは、現在Jリーグの全試合の選手の移動軌跡およびプレー内容が蓄積されており、データは日々収集されています。またルールや行動についての規則が明確であり、モデル化しやすいといった点があります。ただ、良いことばかりというわけでもありません。避難行動と比較すると、個々人の役割が複数存在し、状況がより複雑で困難です。このような複雑な状況をモデルにより説明し、その内部に存在するメカニズムを明らかにする手法の一つとしてコンピュータシミュレーションがあります。特にサッカーにおいては人の動作をモデル化したシミュレータとして「ロボカップサッカーシミュレーション」が存在します。
 ロボカップは、サッカーにおいて「2050年までに人間のワールドチャンピオンチームを破る!」というスローガンを元に、ロボット工学及び人工知能の研究者及び学生が集まり、研究開発をする国際的なロボット競技大会です。特にロボカップサッカーシミュレーションリーグは1996年の大会初期から始まったリーグであり、コンピュータ上で11対11の選手(エージェント)が試合を行います。現在は平面マップ上で戦う2Dリーグ、立体的なフィールドで戦う3Dリーグが存在します.個々のエージェントにはキックやダッシュ、タックルなどの基本的な動作が実装されており、フォワードやディフェンスなどポジション毎に行動を追加することが可能です。更により人間の動作に近づけるために、足の速さや体力、またスタミナといったパラメタが設定されており、一定の動作をすると動くことが出来なくなります。家庭用ゲーム機のサッカーゲームとは違い、このエージェントは試合中は外部から操作をすることが出来ません。視野範囲から得られる選手エージェントやボールの位置・方向、また監督エージェントからの指示に基づいて、各選手エージェントが自律的に判断をしてプレーします。
 このロボカップエージェントの作成では次の3点が重要となります。

  1. 完全な分散マルチエージェントシステム
  2. 不完全情報処理
  3. 実時間処理

 1の分散マルチエージェントシステムは、自律的に動作をするエージェントが相互作用し問題を解決する研究分野であり、ロボカップにおいては個々のエージェントが自身の能力や味方の位置などから独自に行動を判断する必要があります。2の不完全情報処理は、ロボカップではエージェントはそれぞれ自分の視界が存在し、フィールドの一部しか確認することが出来ないため、確認できる情報から全体の動きを推定して行動を判断する必要があります。3の実時間処理は、シミュレータはエージェントの判断を待つことなく試合を進めるため、判断に時間が掛かるとそのまま状況が変化し行動が間に合わないことがあります。
 そこで現在我々が取り組んでいるのが、人間のサッカー選手が試合中常に行っていると考えられる、選手同士の意図の共有をモデル化し、それをロボカップのエージェントに実装するという研究です。選手同士がチームプレイを実現するための意図を共有することで、個々の選手やボールの位置から次に実現すべきチームプレイを推定し、それに対する自身の行動を判断します。現在どのような状況でどのような推定をしているのかというデータをJリーグの試合から抽出し、そこに共通する意図をモデル化しています。更に構築したモデルをロボカップのエージェントに実装し、シミュレータで集団行動として再現することで、人間のアルゴリズムとして妥当であるか、また合わない部分はどう合わないのかを評価し、人間の集団行動の理解を深めています。このような研究アプローチに基づいたロボカップのチームを作成し、2016年および2017年にはロボカップの世界大会にも出場して、2017年は世界で8位の成績を得ました。今後もサッカー以外の集団行動も対象としてモデル化を進め、複雑で変化の大きい状況において人や他のロボットと協調することができるロボットの実現を目指したいと考えています。

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