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第118回コラム「世界のAI、日本のAI」

 林 久志 准教授

世の中は第3次AIブームの真っ最中である。前回コラムを書いた2017年末にもAIブームについて書いたのだが、まだブームは終わっていないし、暫く続きそうである。私は過去20年以上AIについて研究してきたが、AIといっても非常に範囲が広い。現在のAIブームの中心にあるのは間違いなく深層学習であるが、AI=機械学習=深層学習と勘違いしている人は実際にいるようだ。機械学習はAIの一分野に過ぎない。深層学習はニューラルネットワークという機械学習の一つの技術が発展したものである。深層学習は画像認識や自然言語処理の進歩に大きく貢献したが、それだけで実現できる応用分野は限られている。ニューラルネットワークの歴史は古い。しかしながら、昔からニューラルネットワークを研究し続けてきた研究者はごく一部であり、多くのAI研究者は第3次AIブームが始まってから深層学習の研究を始めている。

いわゆるAIの超一流国際会議はいくつかあり、伝統的にはIJCAI(2020年度は横浜で開催!)、AAAI(米国のAI学会が国際会議化したもの)が有名である。これらの会議では、深層学習だけでなく、他の機械学習、機械学習以外のAIもトピックに含む。近年では、深層学習ブームにより、NeurIPSやICLR(深層学習がメイン)、ICML(機械学習全般)の人気が高まっており、先ほど述べたIJCAIやAAAIを上回る勢いがある。これら全ての会議で、深層学習の発表は非常に多い。ちなみに、2020年のIJCAIは、もともと名古屋で開催される予定であったが、急増する参加者に対応して収容人数を増やすために、会場をパシフィコ横浜に変更したらしい。

筆者もAAAI2019やNeurIPS2019に参加して様子を見てきたが、その活気は凄まじい。特にほぼすべての発表が深層学習であるNeurIPS2019は超人気であり、発表者以外の聴講者が会議に参加するには、抽選に当たる必要がある。参加者は約12000人であり、ポスター発表の会場に入ろうとしても、会場が混みすぎて入場制限がかかる始末である。口頭発表の4会場は巨大であり、各会場に数千人は入れそうである。そして、企業展示には毎日多くの人が集まっていた。

気になるのは、日本の存在感の薄さである。米国、中国からの発表が圧倒的に多い。NeurIPSの企業展示では、米国のGAFAや、英国のDeepMind、中国の企業などが目立つ一方、日本企業はSONYしか見つからなかった。聞くところによると、GAFAやDeepMindなど、多くの有名AI企業は平均年収が数千万円で、このような一流国際会議の企業展示などを通じて世界中から優秀な深層学習の研究者をリクルートしているようである。これらの企業は、採択率20%の本会議に数十本もの論文を通しており、基礎研究に関する論文を大量に書いている。

一方、日本の企業は、第3次AIブームの前から景気が悪く、多くの企業研究者は基礎研究よりも、すぐにビジネスになる応用研究を求められてきた。第3次AIブームの前のAI冬の時代では、AIは実用的でないと思われていたため、AIを研究していることすら社内で公言しづらい雰囲気があった。当然のことながら、基礎研究が中心のAIの超一流国際会議では日本企業の存在感は薄い。多くの日本企業は多額の年収を支払ってまでも、一流のAI研究者を外国からリクルートして基礎研究を推進する気はあまりなさそうである。

しかしながら、近年では、年収の高い米国のIT企業への就職する人や、比較的好待遇のIT系ベンチャー系企業に就職する人がでてきていることもあり、日本の大企業も賃金体系を少しずつ国際基準に近づけざるを得ない状況になりつつあるようである。すなわち、伝統的な日本の大企業も年功序列の賃金体系を変え、相対的に高賃金の中高年の人数を減らし、AI分野で優秀な若い人を高賃金で雇う必要が出てきている。最近では某国立研究所でAI分野の任期付き研究員を最大年収1500万円で雇う求人募集を目にした。深層学習で有名な日本のベンチャー企業も若くて優秀なAI研究者・技術者に多額の給料を支払うらしい。もし、将来的に日本の外資系IT企業が賃金を世界基準に近づけて高くすると、ヘッドハンティング防止のため、日本の大企業も平均年収(あるいはAIを中心とする特定の分野の年収)を上げる必要がでてくる。一方、その前にAIブームが去ってしまえば、そのストーリーは消える。その場合はAI研究者・技術者に高賃金を支払う理由もなくなるし、深層学習一筋で頑張ってきた民間のAI研究者・技術者は専門分野を変える必要に迫られる。

話を学会に戻す。日本のAI学会も第3次AIブームになってから非常に多くの参加者を集めており、全国大会の参加者募集は定員を上回った段階で締め切っているようである。企業展示コーナーも企業からの研究発表もあり、それなりに日本企業もAI研究を推進し、AI研究者・技術者のリクルートもしているようである。ただ、深層学習の研究発表が人気とはいえ、学会全体としては従来型の機械学習以外のAIの研究発表も多い。また、企業からの発表は基礎研究ではなく応用研究の発表が多い。大学の研究者からの発表も応用研究の発表の割合が意外と多い。このあたりは、基礎研究や技術そのものを重んじるAIの超一流国際学会とは雰囲気が全く異なる。

さて、今後の展開はどうなるであろうか?深層学習と基礎研究を重視し、高賃金でリクルートされる世界のAI研究者・技術者と、深層学習以外の従来型AI研究や目先の応用研究を重視し、高年収ではないが年功序列で安定(?)した雇用体系の日本で活躍するAI研究者・技術者の運命はいかに?今が大きな転換点かもしれない。

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