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第126回コラム「My Turning Point「歓喜の歌」」

2020年12月2日

三好 きよみ 教授

12月になると、クリスマスソングと並んで聞こえてくる「歓喜の歌」。今年は、コロナ禍ということで第九コンサートの開催も少なくなっているのではないかと思います。

私が、初めて第九の合唱団として参加したのは、2004年12月29日のサントリーホールでのコンサートでした。その後2008年、2012年と同じくサントリーホール、2017年には大阪城ホールでの一万人の第九に、合唱団の一員として参加しています。 この初めて参加した、サントリーホールでの「歓喜の歌」は、私の人生のターニングポイントの1つとなりました。そのときの体験が、今の私の行動の礎となったといっても大げさではありません。

きっかけは、プレゼンテーションがうまくなりたい

合唱といえば、高校のクラスコンクールでロパクしたのが最後、歌といえば20代に時々カラオケに行ったくらい、音楽といえば大学で必須の音楽教育の授業でピアノや歌を少しやったくらいでした(教育部なので必須)。 それが、合唱団の一員とはいえ、恐れ多くもサントリーホールのステージに立つことになる、そのきっかけは、プレゼンがうまくなりたい! と思ったことです。プレゼンテーションと合唱、え?なんで?と思った方もいらっしゃると思いますので、少しだけ説明します。会社員だった2003年頃に事業再編があり、レポートラインが変わったり、仕事内容が変わったりで、なにかとプレゼンテーションをする機会が増えました。 パワーポイントで資料を作成することや、内容をまとめることはそれほど苦ではなかったのですが、人前で説明する、というこということが思ったようにできず、なんとかうまくプレゼンテーションをしたいという思いが強くなったのです。今では、プレゼンテーションについてのたくさんの書籍や動画がありますが、その頃はあまりありませんでした。

背中を押されて

相手に伝わるようにする、うまく説明する、にはどうしたらよいかということで、いろいろ考えた結果、 まずは、発声、声の出し方、ということに辿り着きました。その頃に、たまたま「第九合唱団員募集サントリーホールで歓喜の歌を」というのを目にしたのです。半年間毎週1回の練習で、本番は本物のオーケストラと一緒にサントリーホールのステージに立てるとのこと。
このサントリーホールのステージに立てる!ということが何よりの動機づけとなり、もはやプレゼンテーションがうまくなりたいというのは、どこかにいってしまいました。とはいえ、先に書いたように、音楽とはほど遠い生活、しかも当時は事業再編への対応もあり、毎日仕事に追われる日々。本当にできるんだろうかと不安でいっぱいでした。そんなとき、上長が合唱をやっていたいうことを耳にしたのです。そこで、思い切って相談したところ、「ぜひやってみて!なんとかなるよ」 と背中を押されたのです。「そうだね、仕事でいっぱいいっぱいだし、ドイツ語難しいからね~」などと言われていたら、サントリーホールの公演に出ること、大げさにいえば今の私もないでしょう。そんなこんなで、その年の7月から毎週水曜の練習に通い始めました。 合唱指導やボイストレーナーの先生方の指導の下、音取りやドイツ語の発音の練習、パート別練習、9月には本格的に合唱の練習に入っていきました。

大勢の人が集まって「ひとつのハーモニー」

合唱の先生から「自分の音を聴きましょう、 自分のパートの他の人の音を聴きましょう、他のパートの音を聴きましょう」「 自分だけが気持ちよく歌わないようにしてください」という指導がありました。楽譜通りで歌っているつもりでも、まわりの音を聴くことで、実はちょっと違っていることや、自分はどの位置にいるべきかというのがわかってきます。 ひとり一人がちょっと意識を変えることで、バラバラだった歌声がひとつの美しいハーモニーになりました。「高い音がでない場合は無理に出さないでください、適当に歌わないように」とも言われました。合唱は、足し算ではなく、掛け算のようです。ゼロ (外れた音)が一つでもあると全て台無しです。
本番では、合唱団、オーケストラ、ソリストの方々と一緒になり、さらに、会場の反響、残響ともに、全体のハーモニーとなります。そして、全ての響きが一致し震えるような素晴らしさとなるのです。

指揮者ってすごい

12月に入ると、オーケストラの指揮者、本名徹次マエストロの指導がありました。最初は緊張もあってか、 合唱団もいまひとつ声が出ない状態でした。ところが、マエストロのちょっとした一言、例えば、「テンポよく!」「ビートがない!」 とかそんな簡単な一言、そして、マエストロの大きく小さく自在に振られる両手や体全体の動き。それらに合わせて、どんどんよくなっていきます。フォルテ、クレッシェンド、ピアノといった楽譜通りのこと、さらに楽譜に表し切れてれていない、読み切れないこともマエストロの動きに合わせることで、美しい音楽ができあがっていくのです。 腕をこれでもかと伸ばすと、声も伸びます。手や体全体を使って、歌い手の内なるものを引き出しているとでもいうのでしょうか。指揮者は歌うわけでもなく楽器を担当するわけでもありません、しかし、指揮者がいることで、ひとり一人の力が何十倍ものパワーになる不思議。 ほとんど立ちっぱなしの90分だったのですが、あっという間に時間が過ぎました。

異質なものが「お互いに歩み寄りひとつになる」ドッペルフーガ

第九のクライマックスは、 ドッペルフーガの部分といわれています。フーガとは、最初のパートのメロディを最初は同じメロディで追いかけ、 曲が進むにつれ各パートが様々に変化していくことをいいます。さらに、ドッペルフーガでは、2つのフーガが同時進行します。ものすごく簡単にいうと「かえるの歌」と「かっこう」や「森のくまさん」の輪唱を同時に演奏するようなものです。(※ 輪唱はカノンといってフーガとは異なりますが…)
第九では、一方は2拍子、一方は3拍子の交じり合う事のないと思われた2つのメロディが、4分の6拍子の中でお互いに歩み寄り、ひとつになって素晴らしいメロディとなります。交り合う事のないと思われた2つのメロディが、同時に進行し、交じり合い、ひとつの見事な音楽を作るのです。このドッペルフーガは、何度聴いても感動するところです。練習でも4つのパートがうまく合わさったときには、自分たちでも惚れ惚れし、達成感でいっぱいになります。

オーケストラは、プロジェクト

プロジェクトマネジメントもよくオーケストラに例えられますが 、実際に音楽の世界で経験すると、本当にその通りだなと実感します。プロジェクトマネージャーに置き換えられる指輝者も然り、自分の音もまわりの音も聴くこと(人のタスクを気にかけること)、掛け算になること、お互いに歩み寄るドッペルフーガも然りです。ITプロジェクトと音楽という、まったく異なる世界でありながら、相通ずることはいくつもあるのです。

迷ったら飛び込む

最初のきっかけだったプレゼンテーションが上達したかどうかはともかく、この第九の合唱団に参加したことは、人生のターニングポイントの一つとなりました。自分のいる世界は、ほんの狭いところであること、視野を広げると、実はすぐ近くに色々な楽しいことがあること。それからの私は、迷ったら飛び込む、できないと思ったらやる! を実践し、どんどん世界が広がっていきました。そして、様々な人々との出逢いを通して、 考え方や生き方によい刺激を受けています。2006年に開学した ばかりのこの産技大へと入学したのも、この「歓喜の歌」へと飛び込んだ体験があったからです。
振り返ってみると、迷ったときに背中を押されたことが始まりです。 私も何かに迷っている人がいたら背中をちょっと押してあげることにしています。みなさんも、思い切ってちょっと違う世界に足を踏み入れてみませんか?

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