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第20回コラム
『「まった」ありのデジタルエンジニアリング』

創造技術専攻 准教授 舘野寿丈

 囲碁や将棋で「ちょっとまった」は通用しない。スポーツでも「今のは無し」が通れば試合にならない。人間はもともと間違える性質をもっている。だから、それを知っている人ほど、慎重にいろいろと熟慮した上で判断を下す。エンジニアリングにおいてもそうだ。様々なことを考慮に入れて設計や開発をしなければならない。設計の修正が遅くなればなるほど多くの費用と時間が必要になるからだ。リコールともなれば、その損失は膨大だ。

 しかし、最近では慎重に考えるよりも、とりあえず試してみるのが流行だ。設計においてもデジタルエンジニアリングがそれを可能にしている。実物と同じようなものをコンピュータで作り上げ、形状を評価したり、機能的な試験をしたりしながら設計を進めていく。実物を作らないので、そのための材料や加工などが不要になる。また、コピーをいくつでも簡単に作れるので、少しバリエーションを加えた製品を複数作ることも容易である。他にも様々なメリットがあるが、最大のメリットは「まった」が利くことだ。

 世の中は、エントロピー増大の法則にある通り、一度散らばったものは、もとに戻らない。覆水盆に返らずとはこのことだ。しかし、バーチャルの世界では、どんなことが起きても元に戻すことができる。タイムマシーンに乗るかのごとく、希望の時に戻ってやり直すことができる。なんとも羨ましい世界だ。どんなに失敗しても、後戻りして問題を潰し、最後にゴールにたどり着けばよい

 この「まった」ありの世界では、当然「まった」を多く使ったほうが勝ちだ。とりあえず数多く試して、その中から良いものを選べば、あれやこれやと時間をかけて考えた結果とさほどかわらぬ良いものができたりする。技術の進歩が急速で、製品の世代交代が激しい時、いろいろ考える時間などない。「まった」が使える人は、どんどん新しい技術を取り込んだ新しい製品を出していく。後戻りのできない人は、せっかく時間をかけて良いものを作っても、製品が出来上がったころには時代遅れとなる。今の携帯電話はこの典型だ。

 ところで、「まった」は設計活動を一時的に後戻りさせるのに、結果的には設計のスピードを加速するのはどうしてだろう。「まった」をして後戻りするのだから、後退するはずなのに、なぜ進歩するのだろう。

 試しに、囲碁で「まった」をして後戻りして再開することを考えよう。この様子は、テレビで良く見かけることだ。解説の時である。この手がきたら、次はこうなって、こうなる、では、もとに戻しましょう。というように、仮想的に石を置きながら解説をしていく。「まった」をしながら、学習しているのである。

 いくら仮想の世界で「まった」ができても、それが学習につながらなければ意味がない。数値解析も同じである。出てきた結果を見比べて、その中の一番良いものを選ぶだけでは、解析の価値が半減する。なぜそれが一番良い結果になるのかを考えて、学習することによって、理解が進み、次の設計に生かされる。そして製品の進歩を加速するのである。

 失敗に学ぶとは、良く言われることだが、現実の世界で失敗をそんなに繰り返していては、もう起き上がれないほどになってしまう。一方、デジタルエンジニアリングでは、失敗を何度も繰り返して学ぶことができる。デジタルエンジニアリングはすばらしい教育ツールなのだ。

 しかし、なかなかそのような使い方がされないことが少し残念だ。産技大の授業でも、3D-CADを使って設計する授業を行っており、ほとんどの受講生は熱心に学習してくれる。しかし、PBLなど自分の設計となると、躊躇する学生が増えてしまう。操作が難しいというけれど、「まった」しながら進めばよい。時間が無いというけれど、実物で失敗するよりずっと良い。バーチャルな世界なら何度も失敗できる。もっとバーチャル世界でのモノづくりにチャレンジしてほしい。「まった」ありのバーチャル世界が人を育てる。

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