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第51回コラム
「ビジネスの基本は繰り返し」

情報アーキテクチャ専攻 教授 戸沢義夫

「ビジネスの基本は繰り返し」

 ビジネスとは何かと聞かれたら「儲けることだ」と答える人は案外多い。確かに、赤字は具合が悪いし、儲けは少ないよりは多い方が嬉しい。しかし、本当にそうなんだろうか。なぜ多くの人が「ビジネスとは儲けることだ」と思い込むようになったのだろうか。このことについて考えをめぐらせても良いと思う。

 あなたの生きがいは何ですかと聞かれたら、儲けることだ、と答えるだろうか。(社長さんなら)生きがいはビジネスをやること、(会社員なら)生きがいは会社のビジネスに貢献すること、と答える人は多いと思われる。その場合の「ビジネス」とは何を意味しているのだろうか。儲けることなのだろうか。

もし、ビジネスが儲けることなら、生きがいは儲けること、となってしまう。「儲けることが生きがい」と聞くと違和感を覚える人は(日本人なら)多いのではないか。

 米国では、どれだけ稼ぐか(make money)と、社会的成功者と見なされる度合いとは強い相関がある。たくさん稼ぐ人の方が、稼ぎが少ない人より尊敬される。稼ぐ額が人を評価する物差しになっている。このような背景があるので、米国なら「儲けることが生きがい」というのは一般に受け入れられている。これは米国流の資本主義に根ざしている。手元に10ドルあったとする。それをいかに増やすかが大事で、大きく増やした人が成功者になる。30ドルにした人は20ドルにした人より偉い。増えた額は数字でわかるので序列がはっきりする。増やせなかった人は失敗者である。お金を増やすには、ルール違反(法律違反)でなければ何をしてもよい。「ビジネスは(いかにお金を増やすかを競う)ゲームである」とも言われる。自由市場経済での自由競争は良いことだという価値観が根底にある。ただし、この価値観が社会にダメージを及ぼすことにリーマンショック以降多くの人が気づき始めた。

米国流資本主義では、企業は(経営者や社員、顧客、ステークホルダーのものではなく)株主(投資家)のものと考える。投資の目的はお金を増やすことなので、株主の期待に合うようにするには、企業の目的は儲けることだと考えるのはある意味で自然である。

 しかし、企業とは何か、企業の目的とは何か、についてはいろいろな議論があり、必ずしも「儲けること」と考える人ばかりではない。米国企業のCEOの多くは経営の目標として、社会にインパクトを与えること、社会から必要とされることを挙げる。社会との関係を儲けることよりも重要視している。「儲け」は自分のため、自分さえ良ければ他人はどうでもよい、という内向きの発想であるが、「社会にインパクトを与える」のは、他人を良くしよう、他人のためになろうという外向きの開かれた発想である。

 ドラッカーは「企業の目的は顧客創造」と定義している。「企業とは何かを理解するためには、企業の目的から考える必要がある。企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである。」「会社は利益のためにあるのではない。」

 ビジネスとは儲けること、という思い込みは米国流資本主義をナイーブに受け入れた結果であり必ずしも正しいとは言えない。ビジネスはあくまでも社会との関係の上に成り立つものである。企業活動が社会に貢献できた時に、その結果として利益がもたらされる。利益や儲けはあくまでもビジネスの結果であり目的にすべきものではない。しかし、企業が存続し続けるためには赤字になってはいけない。利益を得ること、儲けることが悪いのではなく、それをビジネスの目的にするのがまずいのである。

 企業が存続し続けるためには、顧客が定常的にいてくれることが重要である。顧客がいなくなるとつぶれてしまう。顧客を維持したり確保したりするには、あるお客様に対して行ったビジネスと同じことを他のお客様に対しても同様に行うことが大事になる。異なった複数の顧客に対して同じことが行えること、同じお客様(リピーター)に対して質が下がらないビジネスを繰り返し行えることが重要である。繰り返しを行う過程で、顧客を維持・確保し、新規顧客を開拓し続けることがビジネスにとって本質的に重要な要素である。ビジネスの基本は繰り返しである。しかし、このことを指摘する人はあまりいないので、あえて強調しておきたい。

 ITは繰り返しを効率的・効果的に行ったり管理したりするのに大きく貢献する。ITの活用のしかた次第で、繰り返しがうまくできるかどうかが決まる。ビジネスの基本は繰り返しであるから、繰り返しがうまくできる企業は競争力がある。ITの活用のしかたが繰り返しの善し悪しに大きく寄与するので、ITは企業競争力と密接に関係している。企業が存続し続けるために、ITは重要な役割を担っている。

 継続的にビジネスをやるのではなく、一過性の企業でいいと考えるなら、繰り返しはそれほど重要ではない。一過性の企業は儲けを目的とした倫理意識の低い活動が可能である。社会的責任を全うしなくても制裁を受ける可能性は低い。社会にとって悪であっても、それが顕在化した時には企業は既に消滅していて裁けない場合があるからである。

 健全な企業であれば、儲けを目的にするのではなく、ビジネスの繰り返しを大事にし、社会から必要とされる企業として存続し続ける努力が必要とされる。

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