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第52回コラム
「ラルフ・カッツの創造性と創造的集団」

創造技術専攻 助教 陳俊甫

「ラルフ・カッツの創造性と創造的集団」

 PBL(Project-based learning)教育に携わってから3年が経とうとする。振り返ってみれば、プロジェクト・メンバーの精進する姿が印象に刻み込まれる一方、プロジェクトは計画通りに進まず、メンバーがフラストレーション状態に陥ることも強く印象に残される。勿論、フラストレーションの原因はプロジェクトチームによって異なるが、チームワーク上の混乱に起因するものが共通で最も深刻であるように思われる。今回のコラムでは、このようなフラストレーションの軽減をはかるための一つの手法として、ラルフ・カッツ監修『ハーバード・ビジネス・エッセンシャルズ 創造力』に書かれた「創造性と創造的集団」の部分(以下、カッツ(2003)と略す)を紹介する(注1)。

 カッツ(2003)によれば、「創造性とは、問題を解決し、ニーズを満足させるために新しいアイデアを生み出し表現していくプロセス、ないしはイノベーションを興すための明確な目的を持ったプロセス」と述べられている。個人の創造性は、専門知識、創造的思考能力、動機から構成される。専門知識は特定分野に関する知識・ノウハウであり、創造的思考能力は問題の取り組み方である。動機には昇進のような外発的なものもあれば、個人の興味、学習意欲のような内発的なものもある。

 他方、集団の創造性は、「個人間の違いによる摩擦、思考や視野、能力の多様性という利点を基に、拡散的思考と収束的思考の両方がうまく働いているときに高まる」とカッツ(2003)が指摘している。拡散的思考と収束的思考の関係は、次のように説明されている。すなわち、拡散的思考は、広い視野を必要とし、見慣れない視点から物事を見ることによって洞察や新しいアイデアが生み出される。例えば、「同じ照明条件で物を見続けると、そのものに対して単一な印象しか受けない。しかし、照明の当て方や見る角度を変えると、見え方は変わる。全貌が明らかになり、微妙なニュアンスがわかるようになる」。それに対して、収束的思考は、拡散的思考で生まれたアイデアが本当に斬新であるか、訴求する価値があるかに答えるものである。そのポイントは、何らかの制約を設け、制約範囲外の選択肢を除外することにある。無論、この制約の一端を担うのはプロジェクトの使命、範囲、優先順位などである。したがって、拡散的思考から収束的思考へ移行するプロセスは、何が新しいかではなく、何が役に立つかに重点を置かなければならない。

 なるほど、論理的に考えれば、集団的創造性は、明確な目的に基づく拡散的思考と収束的思考の産物であると理解できよう。しかしながら実践上、それが常に論理通りに進められるとは限らない。主な障害として二点が挙げられる。ひとつは、チームワークにおける創造的摩擦である。例えば、議論の際のメンバー間の意見の相違などである。このような創造的摩擦に対処するために、異なる意見を否定しない、話し合える雰囲気を作るなどがよく指摘される。確かにこのような心構えは重要である。しかしそれだけで充分であるかどうか再考に値する。なぜなら、プロジェクトを進めるに当たって、プロジェクト・メンバーはプロジェクトの目的を忘れ、発言やアイデア出しのような創造性の手段に満足してしまうことが少なくないからである。このようなリスクを回避するために、カッツ(2003)は、異なる意見を否定しない代わりに、その意見の背後にある前提や考え方を探るようにと提案している。例えば「「君にはこのプロジェクトに対するアイデアはないみたいだね」と言わず、「方向性を示してくれなければ、皆は君のことを勘ぐらざるを得ないし、そのせいで生産性が上がらない」と言おう」。

 もう一つは、創造的集団の逆説的特徴である。カッツ(2003)によれば、チームワークの中で多様な思考スタイルと専門能力の組み合わせが必要であり、その多様性には相矛盾する特徴が混在する。例えば、「グループが最良の仕事をするには、課題に関する豊富な知識と熟達とした技能が必要であると同時に、常識的見識や確立したやり方にとらわれない新鮮な視点も不可欠である」。カッツ(2003)では、このような一見相矛盾する資質として、(1)初心と経験、(2)自由度と統制、(3)遊び心とプロ意識、(4)即興性と計画性を取り挙げ、チームワークのなかでこれらの資質のブレンドは、チームの潜在的創造性を最大に引き出すために重要であると主張する一方で、このような逆説的な組み合わせは、チーム内における混乱や不安のもとでもあると指摘している。そして、このような創造的集団の逆説的特徴を克服するために、まずこの特徴を受け入れることが成功への第一歩である、とカッツ(2003)は強調している。

 PBLはチームワークに基づく学習方法である。チームは一個人より大きなイノベーション成果を生み出す場合が多いが、チームワークに由来するフラストレーションも副産物としてつきまとう。フラストレーションを軽減し、PBLでよりよい学修成果を上げるために、カッツ(2003)の創造性と創造的集団に関する見解はたいへん参考になるであろう。

注1:ラルフ・カッツ監修、石原薫訳、『ハーバード・ビジネス・エッセンシャルズ[6] 創造力』、講談社、pp.105-125、2003年。

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