橋本洋志学長 式辞
東京都立産業技術大学院大学に入学された皆さん、入学おめでとうございます。
東京都公立大学法人の理事長をはじめとした法人関係者、および、本学の教職員ともども皆さんの入学を心よりお祝い申し上げます。また、皆さんをこれまで、支えてこられた、ご家族や関係者の皆さまに、心よりお祝い申し上げます。
本学について、改めてご紹介します。本学は、専門職大学院です。
専門職大学院とは、文部科学省の定めにより、科学技術の進展や社会・経済のグローバル化に伴う、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人、すなわち、高度プロフェッショナルの養成に目的を特化した課程を言います。
現代社会は、科学技術が発展し、個人や社会の価値の多様化が進んでいます。その上に、世界における戦争、紛争、気象変動に伴う自然災害、エネルギー問題、環境問題、食料飢饉など、さまざまに複雑な問題が絡み合って、これらに直面しています。そのため、20代までの教育だけでは、この変化する社会で活躍できるのが難しいであろうという背景のもと、東京都と産業界の要請により本学は2006年(平成18年)に開学しました。
ここでいう産業界とは、工業製品に加えて、デザインやサービス、さらに商品開発、事業戦略などを産み出す、多くの分野を含んでいます。これらの背景のもと、産技大は、プロフェッショナル人材を輩出するため、優れた教授陣と事務組織を有しています。
産技大は、学生のみなさんが、この世に新たな価値をもたらす能力を身に付けることのできる、国内外で評価の高い教育プログラムを提供しています。そして、産技大は、修了生として、多くのプロフェッショナル人材を世に輩出してきたという実績があります。
修了生の例として、3例ご紹介します。
1番目は、プライム市場クラスの企業の管理職が入学し、価値デザインやグローバルコミュニケーションを学び、修了後、グループ会社の代表取締役社長に昇進して、国内のみならず国外でも大いに活躍されている方がいます。
2番目は、この城南地域で運輸を担う中小企業の社長が、会社の発展のため、本学に入学し、ITやプロジェクトマネジメントを学び、会社に戻ってから、ITマネジメントを駆使して働き方の改善を果たしたのみならず、本学で学んだ知識を基に、公的な補助金を獲得できるようになり、更に会社を発展させた方がいます。
3番目は、国立大学の大学院を修了後、大手企業に就職するも、自分の考える自己実現にそぐわないと感じ、本学に入学し、デジタル技術やサービス学を学び、修了後に、あるマネジメント会社を立ち上げ、現在では、その業界で有名になった方がいます。
これらの修了生の方々は、入学時において、既に職業を持っていた、または、職業経験をされた方々でした。そのため、社会の仕組みを実感してから 俯瞰する学問の世界は、10代から20代前半の学生の時のそれとは全く異なるものと感じたそうです。そして、自ら、学びたいと思って産技大に入学されたので、学びに対して前のめりに取り組むことができ、学問と社会のつながりが見えて、より複雑なこと、より難しいことを更に学びたいという意欲にかられた、という感想を述べています。さらに、本学は多様な背景とキャリアの社会人経験者が多くいるため、世の縮図を産技大にいるだけで感じられた、かつ、貴重な人脈を得ることができた、という感想も聞いています。いずれの方々も、本学で学ぶことにより、人生で活躍できるステージを拡大されました。
このように、他の学部や大学院では得られない、独自の教育プログラムと人脈を得られることが本学の信用となり、入試における合格者の入学辞退率はゼロパーセントから多くても2パーセント以内です。この数字は、国公立大学では数パーセント~20パーセント程度でありますから、いかに、本学への信頼が高いかが分かるかと思います。
では、本学に入学さえすれば、今、ここにいる、みなさんは、社会で活躍できるだけのプロフェッショナルに、なることはできるのでしょうか?この答えはNoでしょう。
ここで、改めて、みなさんに伺いたい。
なぜ、本学で学ぶのか? その理由を今一度自分自身に問いかけてみてください。なぜ、本学で学ぶのかという、学ぶ目的は、みなさん、それぞれ異なるでしょう。学ぶ代表的な目的として、「問題解決力の向上」、「個人の成長と発展」、「社会的なコミュニケーションを得る」、「職業能力の向上」、「変化する環境への適応力向上」などが挙げられるでしょう。いずれも、人、それぞれにとって大事な目的であり、受け入れられるものです。目的を達成するためには、その手段や心構え、いわゆる、Howをどのような方針として打ち立て、それをどのようにして具体的に実行するのか、それを考えなければならないでしょう。
改めて、みなさんに問います。
なぜ、本学で学ぶのか? そして、その手段と心構えはどのようにされるのでしょうか?先に紹介した先輩方々は、自分のお金で学費を払い、働きながら学びの時間を苦労しながら確保し、高度な知識とスキル体系を修得し、そして、それを実践するために、自らの知らない領域に果敢に挑戦されました。このことは、言葉で言えば簡単ですが、実行するには困難なことです。では、なぜ、彼らは困難なことができたのか。それは、全員、入学時から学ぶ心構えを持っていたからです。
では、学ぶ心構えとは何でしょうか? 幾つかありますが、ここでは、二つだけお伝えします。1番目は、自分自身の実績に頼り過ぎないようにしてください。実績とは過去のものです。みなさんが、産技大において、新しい知識とスキルを修得するのに、時として、邪魔になるものです。2番目は、深い考え方を探求してください。企業では結果や成果を求められることが多いため、つい、結果さえ良ければ、その理由やプロセスを深く考えずに、先に進むことが時々見受けられます。そして、人は、成功体験があると、それを実績として、つい安堵しがちです。それを悪い事とは言いませんが、真に深い学びを修得したとは言えません。このため、将来において、環境や社会が変化したときに、それに対応できるだけの能力が十分でないままに、人生を過ごさざるを得ないことも知っておくことは大事と考えます。
では、深い考え方とは何か?幾つかの説明があります。ここでは、私から、哲学(Philosophy)を意識することが、深い考え方の姿勢が身に付くという話をいたします。哲学と聞くと、みなさんは何を想い浮かべますか?日本における哲学という用語は、明治初期に、西周(にしあまね)によって作られた造語と言われています。その論は、数多くあり、例えばイマヌエル・カントの「純粋理性批判」、エトムント・フッサールの「厳密科学」、戸谷 洋志(とやひろし)の存在論・認識論・価値論を論じること、などがあります。ここでは、みなさんが分かりやすいように、哲学の定義を簡素化して、2点だけ述べます。それは、1番目は本質を探求すること、2番目は合理的な共通の了解を得ること、です。
ところで、みなさんは、産技大に入学されて、価値を創造できる人間となってください、という言葉を聞いたことがあるでしょう。
ここで、みなさんに、質問いたします。
価値とは何ですか? そして、価値を創造することは良いことですか?話を簡単にするために、ここでは、価値とは、人の活動を効率的にして、活動の有効性を高めること、と定義しましょう。この定義は、ある一定程度、受入れらるものと考えます。この定義に適うものとして、自動車があります。自動車はパーソナルモビリティを原点として、人の移動の負担を軽減、かつ、時間短縮を図るという効率性を高めることで、人間の行動範囲を広げ、活動を活発化するという有効性を高めることに繋がっています。この論から、自動車は、価値を産み出すものと結論づけることができます。しかし、自動車の特性上、二酸化炭素や窒素酸化物を排出して環境汚染を引き起こし、また、人や構造物を傷つけるという悪い結果も招いています。私は、自動車を否定するものでありません。自動車の価値とデメリットとのトレードオフにより、人類は、自動車を使う、という判断をしているわけですから。価値とデメリット、この対立するものは必ず存在すると言えるでしょう。
次の言葉があります。それは、光あるところには必ず影がある。光という価値を造れば、影のようにデメリットは必ず存在すること、これを常に意識してください。ここに、便利であれば、そのデメリットという負の側面に眼を伏せる、という考え方は、悪い影響をそのままにする、ということに繋がり、良くないことです。そのため、負の側面に正しく眼を向けて、影を無くすように、次の新たな価値を考えることで、我々は、次世代に向けて歩み続けることができると考えます。
ここまでの論は、先に価値の定義から出発して、議論を積み重ねたものです。価値の定義とは、私が先に述べたものだけでに留まるものでは、ありません。価値の定義を簡単に述べたために、今のような光と影、という議論が産まれたのです。したがって、我々が価値を追い求める度に、新たな影が生じると考え、常に価値の定義を見直すことが必要でしょう。このように、価値とは何か? 価値を産み出すことは良いことですか? という、これらの本質を根元的に考えること、そして、その考え方について、他の人と合理的な共通の了解を得ること、先の自動車の例では、社会における受容性を定義し、それを社会全体に広げる活動や啓蒙のあり方を考えることです。そう、価値観の異なる人の意見を聞き、その人と、どのように合理的な共通の了解を得るのか、これは、本学のPBL型演習を通して、実践的に学ぶことになります。
産技大では、多様な背景、多様な価値観を持つ学生が在籍し、まさしく社会の縮図と言える環境があります。この環境の中で、他者の価値観を認め、または、他者に受け入れられる新たな価値を提案し、実現できる能力を養ってください。
このことが、産技大の中で、みなさんが、ご自身を新たなステージに導くための大きな推進力となるでしょう。これまで述べてきた考えるプロセスを一言で表現するならば、まさしく、哲学という言葉が相応しいでしょう。産技大において、哲学を考え続けることが、深い考え方 を養う方法の一つと言えるでしょう。改めて、価値とは何か? 本学を修了するまでに、深く考えて頂きたいと思います。
最後に、私から、みなさんに対する期待を述べます。
みなさんは、産技大で学ぶことにより、ご自身のキャリアアップに繋げることは当然として、他者の価値を理解でき、多様な人材から成るチームのパフォーマンスを導きだせるリーダーになっていただきたいと希望します。本学は多様な学生がいて、その実践経験を積める、我が国唯一の大学院と言われています。この環境の中で、多くの友人を作ってください。
「学びは最高の自己投資です。」
令和7年4月5日
東京都立産業技術大学院大学学長 橋本洋志